夏休みの終わりに、話題となった「オイシックスとクレヨンしんちゃん」のコラボ広告。その企画の発案者、オイシックスのマーケティング本部長 井上さんと、ともに並走して広告を制作したエードット/カラスの牧野との対談です。ブランドと社会はどうつながっていくのか。「ブランドジャーナリズム」の視点で語っていただきました。
牧野:でも正直、僕が子どもだった頃、夏休み中のお母さんのことなんて全く考えてなかったですね。当時は部活もやってたので、お弁当を何個も持たせてくれてましたけど、今思うとすごく大変だったんだろうなあ…
井上:今回のしんちゃんの広告は、夏休みで忙しかったお母さんに対して感謝の気持ちを伝えると同時に、これからの広告やブランドのあり方についてディスカッションする、良いきっかけになったのではないかと思ってます。
牧野:これからの広告やブランドのあり方についてですか。僕が常日頃から考えてることですね(笑)
井上:そういったことを牧野さんとお話ししたかったんですよ今日は。
井上 政人(いのうえ まさと)
オイシックス・ラ・大地株式会社
総合マーケティング本部 本部長/ソーシャルマーケティング室 室長
大阪府出身。高校卒業後、音楽活動と並行して植木職人、木こり、デザイナー、Eコマースディレクターとして活躍。その後、Oisix(オイシックス)に入社。OisixではEC事業本部PR室、統合マーケティング部ソーシャルマーケティング室長を経て現職、統合マーケティング本部長。KitOisixプレミアムモニター、#やさいドレス、渡部建の明太マヨ、OisixテレビCM「献立予報」、東京ハーヴェスト、100万人のキャンドルナイトなど「Oisix」「らでぃっしゅぼーや」「大地を守る会」の3ブランドのマーケティング活動に携わっている。
ブランドが社会を批評する時代に、広告の在り方を考える。
牧野:井上さん、「フィアレスガール」ってご存知ですか?
井上:アメリカのウォール街に、ある日突然置かれた女の子の銅像、ですよね。
牧野:そうです。あれは僕の中でかなり衝撃的な「広告」でした。アメリカを支えてきた金融街。その強さの象徴であるチャージングブルの銅像の前に、ポンと置かれた女の子の銅像が、アメリカのジェンダー問題といった社会文脈をしっかり捉えていたことで、瞬く間に世界中に拡散されていったんです。
井上:社会文脈を捉えて、あえて銅像を1つ置く…
牧野:社会文脈にブランドが紐づくと、こんなにも拡散され、そのブランドを応援してくれるファンが増えるんだ、という事実を目の当たりにしたとき、僕は「ブランドジャーナリズム」という言葉を思いついたんです。
井上:牧野さんは、最近よく「ブランドジャーナリズム」と言う言葉を使ってますよね。
牧野:はい。ブランドが世の中の社会問題に対して批評し、良い方向へ変えていこうとするジャーナリズム精神のことを「ブランドジャーナリズム」と呼んでいます。世の中へのアンチテーゼ、とも言うんでしょうか。社会問題に対して一石を投じるもの。それが「ブランドジャーナリズム」です。
井上:今回のしんちゃんの広告では、「楽しい夏休みをありがとう」と言うメッセージに対して、「労ってもらったからまた頑張ろう」というお母さんたちからの声も多かったのですが、一方で「母ちゃんの夏休みはいつなんだろう?」と言うメッセージに対して、「確かにそうだよね」という共感が多かった気がするんです。実際にTwitterで拡散されたのも、後者のメッセージの方が多くて、それこそ「ブランドジャーナリズム」ですよね。今の日本社会というものを反映しているからこそ、世の中に共感されるし、社会文脈を捉えているからこその結果なんじゃないかな、と思いますね。
数字もつくれる「ブランドコミュニケーション広告」
井上:今回の広告はいわゆる「ブランドコミュニケーション」です。「ブランドコミュニケーション」って、基本的に「直接的かつ短期的な利益につながらない」と言われ続けていて、それがマーケティングやクリエイティブを担っている人たちの課題になっていますよね。
牧野:ほんと、その通りです。
井上:でも、このしんちゃんの広告は、しっかり売上アップにつながり、事業にもとても貢献しました。
牧野:おおー!それは良かった!
井上:Oisixには「おためしセット」というトライアルセットがあるので、こういった広告の反響は、まず「おためしセット」のランディングページへのトラフィックや購入数に反映されます。今回の広告では、そちらへの反響が大きく業績にも貢献する結果となったんです。特に、今までOisixというブランドを「知ってはいたけど、アクションしていなかった人たち」にちゃんと届けることができ、さらにその人たちに「このブランドだったら使ってもいいかも」と思ってもらうことができたことで、実際のアクションにつながったのだと思います。
牧野:Oisixを本当に使って欲しい人に、ブランドのメッセージが届いたんですね。
井上:広告を出す以上、ブランドの価値を正しく理解してもらい、使ってもらえる人たちに、ちゃんと届けようとするのは当たり前のことですけど…それがなかなか難しいんですよね。だから今回のケースは、もしかしたら広告の目指すべき姿のひとつなんじゃないかなと思ってます。
牧野:Oisixとしんちゃんのコラボ広告は、半年間のうちに全部で3回やりましたね。どれも評判は良かったですけど、広告から企業の数字に直接的に反映される、というのはなかなか難しいことですよね。
井上:そうなんです。今回の広告は、Oisixブランドとしても、過去に例のない広告になったし、数字としてもちゃんと結果を残せました。そしてそれ以上に「世の中の社会課題をどうやって解決していくか?」ということを、広告やブランドを通して発信できたことがとても嬉しかったです。
次に繋がる広告をつくる。
牧野:マスメディアを使わずここまで拡散できたのは、僕にとって初めての経験ですね。
井上:牧野さん史上初めて、っていうのは嬉しいです。
牧野 ただ、やっぱり悔しいのは、このアイデアは井上さんが考えたものなんですよね…。こういうことをやりたい、って言うのが井上さんの中に明確にあって、それを実現するために僕たちが一緒にやらせてもらった、と言う感じじゃないですか。
井上:いやいや。いつも僕が考えた「小さなアイデアの種」を、牧野さんがちゃんと形にしてくれるじゃないですか。そして、キャッチコピーはもちろん、本当にいいボディコピーをつくってくれるんです。毎回つくってくれるボディコピーが、僕はすごく好きで何回も読み返すんですけど、読み返せば読み返すほど、「これは絶対に大丈夫」って思うんです。自分が考えた企画を世の中に出すのって、前日まで不安な気持ちになったりするじゃないですか。
牧野:わかります。僕だっていつも不安な気持ちになりますよ。
井上:でも結局最後には、「この文章を読んでくれたら、僕たちの想いはきっと伝わるから、これを発信したいんだ」って思うんです。そしてそれは、牧野さんたちがそう思える広告を、毎回ちゃんとつくってくれるからなんですよ。
牧野:そう思ってもらえるのは嬉しいですね。
井上:一方で、牧野さんもおっしゃっていたように「企画は自分が考えた」っていうことが自信に繋がるんです。だから今後もきっと、いい企画を考えることはできるだろうなって思ってます。そしてその時のクリエイティブは、やっぱり牧野さんじゃなきゃ、とも思ってますよ。もともと牧野さんはひっぱりだこだとは思うのですが…今回うちの広告をやったことで、何か新しいお仕事にも繋がったりしてますか?
牧野:もちろん、間違いなく繋がってます。僕が「ブランドジャーナリズム」を唱え始めたのって、この半年から1年くらいのことなんですけど、僕の考えに共感してくれて、こうやって井上さんが声をかけてくれたじゃないですか。そして井上さんの考えた企画を、そこから半年の間に形にできたのはめちゃめちゃ嬉しいですし、「ブランドジャーナリズムってこういうことなんだ」と、具体的にみんなにわかってもらえるような仕事ができたかな、とも思っています。
思想に共感しモノを買う時代。
井上:世の中に対して意味のあるものを発信してく広告って、今後どんどん増えていくと思うんですよね。
牧野:そうですね。「社会性のある広告」って海外ではどんどん浸透してきていて、直近のカンヌの受賞作品を見ても、日本の広告とは大きく違うことが理解できると思います。
井上:最近のカンヌは面白いですよね。
牧野:海外ではすでに、ブランドとして社会の何かに貢献することが、ちゃんと賞賛され、拡散され、それでファンがつく、という流れができているんです。「なぜブランドジャーナリズムという考え方が必要なのか?」と考えたときに、やっぱり「思想や想いに共感してファンになってくれた人」って強いと思うんです。例えば競合他社が増えてきた時、「サービスは似ているけど、私はこの思想を応援しているから、この商品を買う」っていうことが起きてくる。スペック以外の想いの部分で繋がることができれば、ブランドシフトも起こりづらくなるんじゃないでしょうか。
井上:Oisixというブランドは、ビジネスの手法で社会課題を解決するために生まれた会社です。だからこの前、当社の代表がテレビに出た時「10年後Oisixはどうなってますか?」という質問に対して、「もしも世の中の社会課題がなくなってたら、僕たちの会社はなくなってると思います」って答えてましたね。
牧野:おお、その回答が出るのはすごい。
井上:「でもおそらく社会課題がなくなることはないだろうから、僕たちの会社は存在してると思います」とも言ってましたよ。たくさんの社会課題があって、その中でも「僕たちだから解決できること」があるんじゃないかと思ってます。
牧野:それで今回「夏休み中のお母さん」にスポットライトを当てたわけですね。
井上:そうです。「社会課題を解決するためにサービスやプロダクトをつくりましょう!」っていって簡単にできるものでもないですけど、今回の広告を通して、クリエイティブの力を使って、ブランドのメッセージを伝えていくことの大切さを実感しました。このような広告が、たくさんの人の目に触れ、賞賛を受けることで、今後さらに「ブランドジャーナリズム」を体現するような広告が増えていくといいなと思っています。
これからの「ブランドジャーナリズム」
井上:Oisixもまだまだ大きな企業ではないので、限られた予算の中で、いかに効果を上げるかをひたすら考えてます。毎日が桶狭間の戦いですよ(笑)いわゆる費用対効果も今回の広告はとても良かったですね。
牧野:それこそ、広告会社は費用対効果を考えるべきだと思いますよ。広告業界の口癖で、「その予算じゃ何もできませんよ」っていうのがあるじゃないですか。僕が新卒で広告代理店に入って、「3000万じゃなにもつくれねーよ」って言われた時は衝撃でしたね。それはすごいおかしいなって思うんです。
井上:いや、そうですよね。僕がもし個人的に3000万使えるんだったら、日本全国、死ぬ気でチラシ配りにいきますよ(笑)もしかしたら、それが1番リーチできるかもしれないじゃないですか。みんなに知ってもらえる可能性が高い(笑)
牧野:また面白い発想をしますね(笑)実は僕、いま本を書いてるんです。タイトルは1年前に僕が書いたブログからとって、『広告がなくなる日』にしようかな、と。今回のしんちゃんの広告も、広告といえば広告だけど、めちゃくちゃ露出は少ないし、費用も少ないじゃないですか。でも今回は特にわかりやすい理想形だと思っていて、春日部駅だけに掲示したポスターがTwitterでバズって、トレンドに入り、Yahoo!トップに入って、テレビ番組に取り上げられたんです。
井上:ほんと、理想的な流れでしたね。
牧野:社会文脈を捉えたことで、ちゃんと世の中に拡散され、多くの人にブランドからのメッセージが届けられる、ということが証明できた1つの良い例になったと思います。いま6兆円あると言われている広告予算、僕はどんどん減るべきだと思っています。いやきっと確実に減っていくんだろうけど、広告を目にする機会は増えていくんだと思います。
井上:僕も同感です。広告という形態は、いま変わりつつありますね。
牧野:今まではメディアを買って、そこに「何を載せますか?」って話だったけど、これからはそうじゃない。アクションとクリエイションが先にあって、その次にPRがある。だから僕たちは「いいもの」をつくらないといけないんです。「いいもの」をつくれば、勝手に広がる世の中ですからね。もちろんそれはSNSがなかったら、起こり得なかった事ですけど、今はそういう時代に変わってきたんだと思います。企業がメディアに払う分のお金が減っていき、その分のお金を事業に回したりとか、社会に対してより意味のあるものに使われていくようになったらいいな…、という本を書いています。
井上:最後は宣伝で終わりましたね(笑)僕は牧野さんの本、楽しみにしてますよ。一緒にお仕事できてよかったです!またお願いしますね。
牧野:はい、よろしくお願いします!
<しんちゃんコラボ広告 第1弾>oisix 井上さんのインタビュー記事はこちら
株式会社エードット→Birdman広報担当。あだ名はなっちゃん。コーヒーとコーホーの人。